磐之媛命陵
磐之媛命陵(いわのひめのみことりょう)
奈良県奈良市佐紀町
仁徳天皇の皇后、磐之媛の墳墓で全長219メートル。
緑濃い小山のような前方後円墳の周囲を水をたたえた濠がめぐり、初夏にはカキツバタや睡蓮が美しい花を咲かせる。
磐之媛は葛城地方の大豪族の娘で仁徳天皇に愛されたが、天皇が新たに八田皇女を妃に迎えようとしているのを知って怒り、難波宮から山城筒城宮に移り住んで、天皇のいさめも聞き入れずにそのまま仁徳35年(347)になくなってしまったといわれている。
当時の天皇や位の高い貴族たちは何人も妻をもつのが普通のことだったので、姫の嫉妬心だけが有名になってしまったが、万葉集に「君が行き日長くなるぬ山尋ね 迎へか行かむ待ちにか待たむ」(巻2−85)などの恋歌も採られている優れた歌人でもあった。


奈良県奈良市佐紀町
仁徳天皇の皇后、磐之媛の墳墓で全長219メートル。
緑濃い小山のような前方後円墳の周囲を水をたたえた濠がめぐり、初夏にはカキツバタや睡蓮が美しい花を咲かせる。
磐之媛は葛城地方の大豪族の娘で仁徳天皇に愛されたが、天皇が新たに八田皇女を妃に迎えようとしているのを知って怒り、難波宮から山城筒城宮に移り住んで、天皇のいさめも聞き入れずにそのまま仁徳35年(347)になくなってしまったといわれている。
当時の天皇や位の高い貴族たちは何人も妻をもつのが普通のことだったので、姫の嫉妬心だけが有名になってしまったが、万葉集に「君が行き日長くなるぬ山尋ね 迎へか行かむ待ちにか待たむ」(巻2−85)などの恋歌も採られている優れた歌人でもあった。


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