気多大社
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気多大社 08.09.16
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http://www.keta.jp/honden/
石川県羽咋市寺家町ク1
主祭神 大己貴命
式内社(名神大)・能登国一宮・国幣大社
能登国一宮で、旧国幣大社である。大己貴命を祭神とする。旧称気多大神宮。正式には氣多大社。
創建二千年もの歴史を持ち、海に向かってひらかれた大社
本殿の背後には「入らずの森」と呼ばれる約3.3haの原生林があり、樹齢300年〜500年の広葉樹が自生している。
■歴史
社伝によれば、大己貴命が出雲から舟で能登に入り、国土を開拓した後に守護神として鎮まったとされる。
崇神天皇のときに社殿が造営された。
奈良時代には北陸の大社として京にも名が伝わっており、『万葉集』に越中国司として赴任した大伴家持が参詣したときの歌が載っている。
延喜式神名帳では名神大社に列し、能登国一宮とされた。
畠山氏・前田氏など歴代の領主からも手厚い保護を受けた。
1871年(明治4年)に国幣中社、1915年(大正4年)に国幣大社に列せられた。
第二次世界大戦後は神社本庁の被包括宗教法人となり、別表神社に指定されていた。
■鵜祭(うまつり)
12月8日〜16日に行われる古式な祭。
オオナムチが高志の北島から鹿島郡の新門島におつきになった時、この地の御門主比古神が鵜をとって献上したのが始まりと伝えられる。
鵜は昔から原始漁法の鵜飼いに使われてきたが、祭で鵜を献上する人々は鵜捕部と呼ばれ鹿島郡の鹿渡島という所に先祖代々住み、その役に仕えていた。
12月8日に鵜崖という場所に神酒・米・花などを供えた後、麻糸を付けた竹竿で鵜を捕らえるが手法には一子相伝の秘訣があるという。
献上された鵜は社殿の階上に放され、宮司がそれを内陣に行くよう図るがその時の鵜の進み具合によって翌年の作物の豊凶を占う。
進み方が芳しくない時は神楽や御祓いを行う。鵜が内陣の机の上にとまったら神官はそれを捕まえて、浜で放す。
気多の鵜祭は能楽の曲目にもなっている。
■文化財
神門神門 天正12年(1584年)の作。1961年重要文化財指定。
拝殿 承応2年(1653年)乃至3年(1654年)大工 山上善右衛門の作とされ、神門と同時に重要文化財指定。
本殿・摂社白山神社本殿 天明7年(1787年)の作で類例の少ない両流造りで1982年重要文化財指定。
摂社若宮神社本殿 永禄12年(1569年)の作で事代主命が祀られ、1950年に重要文化財に指定されている。
社叢 「入らずの森」として立ち入りが禁止され奥宮が安置されている。1967年天然記念物に指定。 




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